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誰が生きにくく、誰が豊かなのか

 今回は中核支援センターがじゅまる所長 朝比奈ミカさん、ダイバーシティ研究所 田村太郎さん、もやい事務局長 湯浅誠さん、コーディネーターに原田正樹さんをお迎えして行われましたシンポジウムの模様をご紹介します。(本文中敬称略)

もやい事務局長・内閣府参与 
湯浅 誠氏
反貧困ネットワーク事務局長、NPO 法人自立生活サポートセンター・もやい事務局次長、内閣府参与。90 年代より野宿者(ホームレス)支援に携わる。「ネットカフェ難民」問題を数年前から指摘し火付け役となるほか、貧困者を食い物にする「貧困ビジネス」を告発するなど、現代日本の貧困問題を現場から訴えつづける。2008 〜 09 年年末年始の「年越し派遣村」では村長を務める。2009 年内閣府参与に就任し、いったん辞職するも2010 年5 月再任用。東京大学大学院法学政治学研究科博士課程単位取得退学。1969 年生。

中核地域支援センターがじゅまる所長
朝比奈 ミカ氏
1988 年東京都社会福祉協議会にて、高齢者の就労・生活相談、福祉全般の広報、出版企画、調査研修、研修等の業務にあたる。2004年、社会福祉法人一路会にてがじゅまるの創設にかかわり、同年10 月から現職。
千葉県では、対象者横断的な施策展開を図る健康福祉千葉方式を推進。その一環として、民間サイドの福祉サービスの拠点となる「中核地域生活支援センター」を、健康福祉センターの所管区域ごとに設置している。
「中核地域生活支援センター」は、子ども、障害者、高齢者等誰もが、ありのままにその人らしく、地域で暮らすことができる地域社会を実現するために、一人ひとりの状況に合わせて、福祉サービスのコーディネート、福祉の総合相談、権利擁護を24 時間365 日体制で行う。

日本福祉大学准教授 原田 正樹氏
【活動】 日本福祉教育・ボランティア学習学会理事(副会長)、日本地域福祉学会理事(事務局長)、NPO法人日本地域福祉研究所理事、社団法人日本社会福祉教育学校連盟福祉教育部会員、全国社会福祉協議会・ボランティア活動振興センター運営委員、全国ボランティアフェスティバル評価委員会委員長、「広がれボランティアの輪」幹事、全社協福祉教育実践研究会、コミュニティワーク研修講師の各委員をつとめる。 愛知県社協地域福祉推進計画委員会委員長、愛知県社協VC福祉教育部会部会長、長崎県社会福祉協議会福祉教育事業アドバイザーをつとめる。 長野県茅野市、富山県氷見市、沖縄県浦添市、三重県伊賀市・志摩市、宮崎県都城市、名古屋市昭和区など各地の地域福祉実践・計画にかかわる。

ダイバーシティ研究所 田村 太郎氏
 兵庫県伊丹市生まれ。高校卒業後、アジア、ヨーロッパ、アフリカ、南米などを旅する。在日フィリピン人向けレンタルビデオ店で勤務することで、日本で暮らす外国人の課題を知る。阪神大震災直後に外国人被災者へ情報を提供する「外国人地震情報センター」の設立に参加。1997 年4月から2004 年3月まで(特活)多文化共生センター代 表として同センターの成長に居合わせた。2004 年4 月からIIHOE 研究主幹として、NPO のマネジメントサポートや自治体との協働にテーマを移し、非営利民間の立場から地域社会を変革するしくみづくりに取り組む。また、2007 年1月からダイバーシティ研究所代表として、CSRにおけるダイバーシティ戦略に携わる。

■キーワード1  共生


原田正樹(以下、原田):「誰が生きにくく誰が豊かなのか」というテーマについて、お三方の実践などをお聞きしながら考えていきたいと思います。まずは田村さんからお願いします。

田村太郎(以下、田村):日本で暮らしている外国人の全体像についてお話します。外国人登録者数の推移は右肩上がりで、リーマンショック以降、少し減りましたが全国では220万人ぐらいいます。外国人というと一時的な滞在者だと思っている人もいるようですが、今は全体の43パーセントが永住者です。つまり、日本で高齢者にもなるし、子供も産むし、死にます。
 1990年に 入国管理法が改正され、2000年代からは日系人を中心に永住者数は毎年4〜5万人ずつ増えています。日系人、配偶者、留学生など、結果的には外国人も日本で働けるのですが、政府は外国人労働者を受け入れないという方針でいます。日本語を教える法律や通訳の予算を付けず、20年間ほったらかしにした結果、いろいろな問題が起きています。
 文部科学省の調査では、就学年齢にある子供のうち学校に行っていないのは1.1パーセントで、17.5パーセントが所在不明でした。どうして学校に行かないのかという理由で1番多いのは、学校に行くためのお金がないからです。学校に行かずに何をしているのかと聞くと、仕事・アルバイトをしているが20パーセントです。単純に計算してみたんです。ブラジル人の子供を対象にすると、日本国内で3000人から4000人の子供が働いていることになります。愛知県内でも学校に行っていない子供はそこそこいると思います。
 外国人の就労についてです。景気が上向いていた頃は自給もすごくよかったようですが、今は工場の派遣労働がかなり厳しくなっています。雇用保険を削るため、2ヶ月契約でクビにして、また2ヶ月契約でクビにしてという手口も横行しました。今はそういうのをなくそうということで、2ヶ月でも雇用保険に入れるようになりましたが、どうなったかというと次は1ヶ月雇用です。まさに貧困の再生産です。
 では、他の仕事に就けばいいじゃないかという話ですが、日本社会にはものすごく大きな偏見がありまして、外国人は犯罪者だと思っている人も少なくありません。警察庁の来日外国人検挙者数のデータでは、検挙者数は2005年がピークでそこから減っています。人口1000人あたりの検挙人数も日本人と全然変わらないです。ところが、愛知県民に外国人が増えることをどう思いますかという意識調査をしたところ、1番多いのは治安が悪化する可能性があるという答えで、47パーセントが否定的な意見でした。これは非常に課題が多いかと思います。
 私は15年間、多文化共生ということを言い続けてきました。つまり、いろんな文化を持つ人が一緒に地域で暮らしていくために、どうやって合意形成していくのか。社会というものを排斥型社会、同化型社会、住み分け型社会、共生型社会という4つに分けたとき、日本は長く同化社会だと言われてきました。同化社会とは、後から来た人や少数者に変化を強いる社会です。
 しかし、私の最近の意見は、日本は住み分け型の社会になってしまったなという印象です。排斥はしないが、お互いにあんまり関わりたくないので「ホームレスの人はずっとホームレスで、外国人の方は外国人だけで、障害者の方は障害者だけで固まって暮らしてください」というような社会です。
 私たちが作らないといけない共生社会とは、少数者の側だけに変化を強いるのではなく、私たちも変わりましょうという社会です。そのことによって外国人も生きやすい社会を作っていけたらと今活動しています。

原田:外国の人たちは好きで日本に来たのだからという自己責任論も聞かれますが、田村さんはどのように考えていますか。

田村:ヨーロッパでも確かに外国人の排斥運動はありますが、国会で議論をし、受け入れるとみんなで決めたわけです。しかし、日本では国会で決めていないんです。入国管理法の施行規則を変えただけで、まさに合意形成が取れていないということです。

■キーワード2 支える


朝比奈ミカ(以下、朝比奈):中核支援センターの活動は24時間365日で、ポイントは相談の対象を限定しないことです。事業費は若干削られていますが2000〜2500万円ぐらいの範囲で、職員は5〜6人です。担当地域は東京に隣接する市川市と浦安市で、人口は60万人ぐらいとなります。毎月120人ぐらいの支援をしています。生活再建が整ったり、日常生活を支援する長い体制が必要な場合は、ヘルパー事業所や学校などに基本的な関わりをお願いし、私たちは後方支援に回ります。
 私たちがどういうことをしているのかを少しまとめますと、まずはアセスメントをし、ご本人についての情報を集めます。地域から孤立している方も非常に多く、ご本人の了解を得て大家さんを尋ねたり、卒業した学校や檀家としてお世話になっているお寺に行ったりすることもあります。
 情報を整理するのが2つ目の役割です。単に聞いた情報を時系列に並べるだけでも結構すっきりします。でもそれだけではなく、ご本人に認知のゆがみや偏りがある場合は、ご本人からこの社会や世界はどう見えているのかをきちんとつかまないと関係ができません。こうしたコミュニケーションのギャップを埋めるのが私たちの大きな仕事です。そのノウハウを誰かに伝えることで、その人との関係が作れていくわけです。
 私たちのところに来る相談はやはり隙間だと思います。子供であれば15歳以上、それからなかなか既存のサービスにフィットしにくい第2号被保険者、障害でいえば中程度から軽度のひとたちです。想像する以上に軽度知的障害の人たちは広範に存在していると思います。最近は対策法がたくさん出てきています。多重問題、自殺予防、引きこもり、ホームレスなど諸々ありますが、これも違う意味での縦割りだと思っています。ファミリーサポートをしているご家庭が何件かありますが、多重債務、自殺未遂、引きこもりというように1つのご家庭でいくつもの対策法が絡んでいるんですが、誰もまとめて面倒をみようとはしません。

原田:行政が何もしないからではなく、制度から洩れている部分、あるいは制度の中ではうまく対応できない部分をがじゅまるで支えているんですね。

湯浅誠(以下、湯浅):私がか関わっているパーソナルサポートサービスとも発想が近く、いろいろ学ぶことが多いです。がじゅまるでは5つ以上の生活課題を同時に抱えている方が4分の1とのことですが、相談現場ではもう当たり前になってきています。

原田:1人の人を丸ごと支えるのはしんどいことだし、もっというと施設になってしまうわけですが、朝比奈さんのお話でなるほどと思ったのが「コミュニケーションのギャップを埋める」ということです。いろんな制度やサービスがありながら、そこがうまくつながらないところに課題がありそうです。がじゅまるのスタッフは何か特別なトレーニングを受けたりしているんですか。

朝比奈:よく聞かれるんですが、私はあえてソーシャルワークの勉強をしてきた人じゃない方がいいと思っています。ご本人の状態や現場の様子を見て、言語化する力がスタッフには必要です。介護職の人はすぐに動くし、割とご本人とも上手に付き合うんですが、言語化するのがあまりうまくありません。これは誰かが育てたりサポートする必要があると思います。
 誰か1人のスーパーマンがいればできるのではなく、むしろチームワークです。あとはバラエティーも必要だと思います。お父さん、お母さん、お姉ちゃん、お兄ちゃんといったモデルがほしいです。

田村:多文化共生センターで電話相談を受けていても、労働災害、子供の妊娠、離婚問題などさまざまな相談があります。結局、いろんな人がいないと地域の課題には対応できないです。性別や年齢、できれば国籍も異なる人たちが地域の福祉にかかわることが大事だと思います。

朝比奈:私たちとは違うベクトルで地域づくりなどの活動をしている人たちとどのようにコラボレーションしていくかというのももう1つ重要な視点です。社会福祉協議会だけでなく、例えばホームレス支援のグループや外国人の子育てママさんのグループなどともつながりながら、私たちなりの観点から後押ししていくような形で進めています。

原田:中核支援センターには権限はあるんですか。

朝比奈:ないです。それが1番いいところだと思います。全く根拠もないし、働いている人間にとっては不安定だとみんないいますが、でも、安定したらこういう仕事ってあんまり面白くないですよね。勝手なことできなくなるじゃないですか。

湯浅:制度というものは必ず縦割りなんですが、問題は担い手が縦割りになってしまうことです。制度の縦割りを受け入れ内面化してしまうことに対し、それを自覚的に捉え直していれば、こうした動きをいろいろなところにつなげていけると思います。

原田:制度の内面化にはズキッとしますね。知らず知らずのうちに、自分たちの中で制度を勝手に縛り、枠組みを作っていなかっただろうかと。

田村:私は割と組織に関しては原理主義者なので、1つの組織にいろいろなものを詰め込むのは嫌なんです。だから、外国人のことなら多文化共生センター、企業のCSRはダイバーシティー、豊橋のブラジル人の就労支援に関しては豊橋の就労支援センターというようにやっています。組織の課題は割とシンプルに絞って、それぞれにミッションを持った集団がいっぱいある社会というのがいいんだろうなと思います。地域のいろんな制度をうまく使って、最終的には課題を解決していくのが理想です。縦割りといえども、制度がたくさんあるのはあながち悪い話ではありません。

湯浅:日本では非常に制度内ソーシャルワークが多く、その制度だけではカバーできないのが見えるはずなのに何もしません。そこをちゃんと問題にして、地域の中でできることがあれば作っていくことです。

原田:田村さんは組織も制度も多様性であるべきだということ、湯浅さんからはその中で穴が出てきたときにその穴を指摘するのがソーシャルワーカーの役割なんだという話がありました。ソーシャルワーカーはただサービスの運用や適応をするだけで、制度内の社会福祉の仕事に甘んじてきたのではないか。そこのところを朝比奈さんは的確になさっているのでしょう。

朝比奈:千葉の中核支援センターで1番画期的なのは、システムは必ず不全だと位置づけたことです。システムは必ず不全であり、社会状況は常に変更します。その中で人々の生活ニーズというのは新しく生まれてくるという問題意識を持ち、こういう装置や仕掛けをいくつか社会福祉のシステムに組み込んでおく必要があるんじゃないかと思います。

■キーワード3 貧困


湯浅:日本社会の形というのは3つの傘で考えるとわかりやすいです。1番上にあるのは国の傘です。日本は1980年代ぐらいから欧米に追いつけ追い越せということで、輸出系製造業への産業育成や、建設業への公共事業に対し、集中的にお金を投下する仕組みを取ってきました。企業は国に守られ、そうした企業が2つ目の傘を作り、そして、一家全員分の生活費を稼ぐようになった男性社員が3つ目の家族の傘を作りました。
 これがうまく回っていた時もありましたが、1990年代以降はこの3つの傘が全てしぼんでいったと私は理解しています。そうすると雨に濡れる人が増えてきます。2年前に年越し派遣村を開設しましたが、支えてくれる家族がいるかいないかで明暗が分かれます。
 どうしていくかに関しては、家族、仕事、福祉という3つのバランスを組み替えていくべきだと思っています。社会参加のハードルを下げるのです。例えば障害のある人は家族だけが大きく、仕事や福祉は小さいので親の高齢化が最大の将来不安となります。これは引きこもりやニートと呼ばれる人も同様です。そういうことを考えると、一端福祉で受け止め、そこから就労へという道を作っていく必要があります。私は前首相の鳩山さんが言った、「誰にでも居場所と出番がある社会を目指すんだ」というのは名言だと思っています。私たちが直面しているのは個々の問題を超えたところにある社会のあり方です。
 貧困は社会の死角のようなものです。黒い闇の中に、いろいろな制度の光がさまざまな方角から照らされています。だけど、今までの制度というのは光が細く弱々しいので、どうしても光の届かない部分がたくさん残っていました。光に照らされない部分はどうしていたのかというと、家族や地域、会社が支えていたのです。そういった力が弱まる中で、制度の光の弱さが浮かび上がっています。それと同時に闇の部分が広がっています。社会サービスとして光を当て続ける存在が必要だと思い、活動しています。
 私たちは自分たちで場を作ることと、求めていくことを一緒にやりたいと思っています。作らずして求めるというのは説得力がないです。だけど、作るだけで求めないと、へとへとになって切りがありません。それは社会的な要請だと思うんです。傘の中にいれば生きやすくて、傘の外にいれば圧倒的に生きにくいという原則に対し、「しょうがないよね」とか、「もう少し努力すべき」という言葉で済まさない社会にする必要があるんじゃないかと思います。

原田:3つの傘というお話がありましたが、閉じかけてきている傘をもう1度広げるのがよいのでしょうか。それとも、傘そのものの構造を変えるべきだと思いますか。

湯浅:後者になります。お金の流れ1つ取ってみても、日本社会では国から企業、企業から正社員、正社員からその家族へという流し方しかしてきませんでした。だから、景気が悪くなるととりあえず企業支援となります。でも、傘の中にいくらお金を流しても傘の外にいる人には関係なく、社会は二極化していきます。お金の流し方そのものを変えないといけません。
 皆さんもやっていることでいうと、障害者作業所をまちづくりに位置づけて、商店街の衰退を止めるというのもその1つです。障害者作業所の補助金や障害者年金を用いて、お金の流し方を地域経済の活性化に結びつければ、傘の外にもお金が流れていきます。
 GDPや高齢化率からみても、日本は小さすぎる福祉だと思います。せめて小さい福祉ぐらいにしようと私は言っていますが、それにはすごく批判が強いです。
 例えばハローワークは待ち時間が長く、丁寧な対応をしてくれないという不満が多いです。なぜかというと、日本のハローワーク職員は就業者数6000人に1人しか配置されていないからです。イギリスの場合は400人に1人です。人数が足りないのでサービスができないのですが、現場で待たされた人たちは、まともなサービスをやれないなら公務員を削減してしまえといいます。自分たちの生活が支えられているという実感がないからです。
 一方で、日本では企業が命綱という意識が強く、企業批判というのはとても少ないです。会社がないと自分たちが生活できないからです。実は福祉も同じで、小さければ小さいほど規範は強く、大きければ大きいほど弱くなるんです。広い意味での公共的なサービスが自分たちの生活を支えてくれているのだから、ある程度の出費、責任、分担は持ちましょうという循環に変えていく必要があります。曲がり角は大変ですが、それをどこかでやらないと日本社会はもたないと思います。生みの苦しみを私たちは担うべきでしょう。

田村:福祉の方向性の転換が大前提だと思うんです。今までのサービスのあり方は、例えば障害者は施設に入れ、働かなくていいようにするなど、排除する側にコストをかけてきたわけです。それを生産活動の場にもっていき、福祉を充実させるのには賛成です。実は派遣村の話が出たときから、俺がやるんだったら屋台村だとずっと言っていたんです。派遣村自体は悪いとは思いませんが、派遣村の中にも就労の場があって、そういう仕組みを増やしてほしいというような福祉の方向性を打ち出す必要があります。

朝比奈:社会福祉に投下された予算を波及効果の出る形で活用していくのはすごく大事なことです。一方で、社会福祉と一般の住民の方たちの生活の距離を埋めていかないといけません。福祉制度のお世話になったらそこで一生を終えるのではなく、出たり入ったりできるようなシステムがあってはじめて、国民一般に実感や価値が広がっていくんだと思います。

原田:我々福祉関係者は社会を変えるのは二の次で、目の前の人をどうするのかというところに行きがちですが、どんなことを考えていけばいいでしょうか。

湯浅:個別対応、社会的対応、政策的対応の1人3役だと思います。もちろんこれは人によって得手不得手がありますから、バランスの違いはあっても構いませんが、完全に役割を分離してしまうと現場対政策のように、そこには必ず相互不信が生まれます。

田村:行政だけでとか、行政とNPOだけでものを決めるというのではやはり地域はよくならないと思うんです。企業、消費者グループ、労働組合というところにも参画してもらって、ものごとの仕組みを作っていくような形をこれから考えていく必要があります。

朝比奈:湯浅さんの作る・求めるというお話を聞いて、そのためにはもっと人材を流動化させないといけないと思いました。長く知的障害施設の幹部をしていた職員が外に出て、第一声が「養護学校を出て、通所施設に通う知的障害者はエリートなんですね」でした。それがわかるだけでもものすごく価値があります。組織の壁を取っ払ったソーシャルワーク機能やチームのようなものを行政側とも一緒に作っていきたいです。



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