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特定非営利活動法人ふわり
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街の中でふわりふわりと考える

vol.25 「師匠とその孫達」  戸枝陽基



 若かりし頃の上下関係は、永遠に変わりはしない。
 僕にとっての地域福祉の師匠を久々に訪ねた。師匠に会うとなると、前の晩から緊張して何となく寝付きが悪い。
 特に今の自分に問題がなくても。頑張っていない自分をどこか見抜かれていて、出し抜けに怒られそうな気がする。若かった頃のあらゆる意味で足りない自分を暖かくも厳しく叱咤激励してもらった日々がトラウマのように心に甦る。そんな思いに支配されて、師匠に会うとなるとずっと気が張ってしまう。
 師匠と言っても。別に契り杯を交わしたわけではない。僕が勝手に、その人の理念や生き方に共感して、地域福祉の師匠と心の中で思っているだけだ。相手が僕のことをどう思っているのかは知らない。恐らく、言うことを聞かない生意気な奴と思っているのではないかと推測する。
 そんないつものもんもんとした思いを抱えながらも。それを乗り越えてまで師匠に会いに行くのは他でもない。僕の周りにいる20代を中心とした若き地域支援事業者達に、師匠の想いと熱に直接触れて欲しいと思ったからだ。彼らは、僕と想いを同じくしてくれていると感じる。そうだとして、僕のルーツに触れて欲しいと思った。
 師匠は、今、ある障がいのある人が暮らす入所型施設の利用者の地域生活への移行をやっている。長年暮らし続けた入所施設から、決して若くない障がいのある方々をもう一度地域での普通の暮らしへ、本人の意向を大切にしながら戻していく作業は、簡単な作業ではない。
 しかし、この施設では、すでに半数を越える人が街の中にまた新たな暮らしを形作って戻っていった。もちろん、それには多くの協力者がいて、一人ひとりの協働が重要な役割を果たしているのだけれど。そのネットワークをたちまちに作ってしまう師匠の能力と人柄に、今なお脱帽する思いだ。
 施設に僕達一行、20数名が着くと、施設の方がその概要を説明して下さった。そして、施設の中を見学させて下さった。今回同行した若者達はヘルパー事業所で働いているものが多く、これまで入所型施設を見たことがない者がほとんどだ。とても興味深そうに施設内を眺めていた。
 見学が終わり。師匠が現れる。何となく距離を置いた方がいいような気がして、一番離れた席に座る。
 「あんた達。ほとんど入所型施設知らないだろう?見てどう感じた?」若者達に師匠が訪ねる。
 若者達は、恐ろしいほど正直に感想を話し出す。
 「どんなに護られていても、自由のない暮らしは人の暮らしとして不適切だと思う」
 「建物や部屋が病院のようで・・・自分の大好きな障がいのある方達がここで暮らす可能性があるなんて考えると辛くなってしまう」 「今日ここに見学に来て、大変でもグループホーム・ケアホームをうちの法人でも作らないといけないと強く思った。ここの暮らしは何か寂しい」 あまりの無遠慮さに、何となく僕が冷や汗をかく。
 師匠は面白そうに、その感想のひとつひとつを丁寧にメモした。きっと、とてもナチュラルに施設を切っていく若者達の感覚が興味深かったのだと思う。
 順番に、僕も感想を求められた。僕は若者とはちょっと違った視点で感じたことを話そうと思った。
 「僕はいろんな入所型施設を見てきているから。この施設は、定員もすごく減らして、部屋も個室とか、2人部屋とかで、4人部屋がまだある施設と比べると恵まれていて。比較的恵まれた環境にあると思ったんですけど」
 師匠、僕の言葉も顔をこちらに上げず、ふむふむと頷きながら、メモをしている。
 「部屋を見させて頂いて。物がないなぁって思ったんです。ベッドと布団、衣服が少しあるだけで、何かガランとしていて・・・」
 入所型施設の殺風景な部屋を思い返している僕の脳裏に、自分の部屋の雑然とした風景が急に浮かんできた。
 「僕の部屋は、すごく雑然としていて。何があるのかなぁ・・・」
 洋服、テレビ、ゲームにオーディオ。競走馬のぬいぐるみにギター。あ、高校時代の部活の空手着があったり、大学時代の仲間との写真が額に入れてあるなぁ。腕時計やアクセサリー何かもあるし。とにかく、雑然と・・・
 「整理しちゃうと。僕の部屋には、見栄と楽しみと思い出があるような気がします」
 師匠がちらりとこちらを見て、ふふっと鼻をふくらませる。
 「いろいろな人に自分をよく見せるための洋服やアクセサリー、楽しい時間を過ごすための自分なりに気に入った趣味の物、そして、捨てられない思い出達。それらが僕の部屋には雑然とあるんです。それが、ここの施設にいる人達の部屋にはないように思います」
 師匠がこちらを見て、笑いながら言った。
 「あんた、面白いこと言うね。そうだなぁ。見栄と楽しみと思い出と。それらを自分なりに見出せる人生体験がここでの暮らしで不足しているのかもなぁ」
 そして、いたずらっ子のような顔で、こう続けた。
 「もうひとつ。普通の人の部屋には。秘密があるよなぁ。秘密が」
 誰にも触れられたくない、その人だけの大切な秘密。もちろん僕にもある。
 「見栄と楽しみと思い出と秘密。それらに溢れた部屋になる人生を障がいのある方と一緒に作るということが、僕達の仕事っていうことになるんですねぇ」
 僕が、遠くを見つめ頭を整理しながら言葉をはき出すと、師匠はまた、視線をノートに戻し、楽しげに、その言葉をせっせと書き留めていた。
 そんな師匠を見つめる若いたくさんの目が、いつしか強い意志を持った光を放っていた。


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