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特定非営利活動法人ふわり
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街の中でふわりふわりと考える 

Vol.26「そのつけは誰に?世代を越えた略奪か??」 戸枝陽基


 「持って行けばいいじゃない!」母が通帳と印鑑を机の上に、乱暴に放り出した。
高校生の僕は、それを急いで握りしめ、へたり込み、途方に暮れた顔で壁を見詰め続ける母を部屋に残して立ち去った。何か、惨めで。泣けて仕方なかった。

 弱視で、それだけで障害認定を受けていた母は、さらに二十歳で舌癌を患い、生涯体中に転移を繰り返した。「二十歳で終わったかも知れない人生だから。出来るだけ多くの命を残したい」と、その闘病の間に、僕を含め7 人の子どもを産み落とした。
そんな障害者の母と僕達7 人の子どもを大工しながら必死に守ってくれた父が、僕が中学生の時に疲れからか結核になった。法定伝染病なので、2 年間隔離された。大黒柱を失った僕達家族は、生活保護で食いつないだ。

 中学3 年の春、両親にふいに聞かれた。「ひろもと、お前は高校に行くのか?」
僕はびっくりして、声を上ずらせながら答えた。「あ、当たり前じゃん!行くでしょ、普通!」両親は、そりゃそうだよなぁと納得と、うするかなぁという困惑を顔に浮かべる。
父が言った。「俺達だって、高校はもちろん、大学にだって行って欲しいと思っているさ。だけど、この家はこの通り、お前を校に行かせてあげる金がない」そしてこう続けた。「学生として家にいる限り飯は食わせてやる。後は自分でやれ」そう言い放っ、父は立ち去って行った。

 呆然とした僕に、母が言った。「いろんな奨学金を調べたのよ。これをいくつか頂ければ、高校に行けると思うよ」渡された奨学金の申請書類をむさぼる様に読んだ。そして、両親揃って頭を下げて回ってくれ、連帯保証人が見つかった。結局、3つほど、学金を借りることができた。
私立は行けないので、公立高校を一校だけ受験し、見事合格。奨学金から月数千円の学費を払い、何とか高校生になることができた。

 高校では、勉学には励まなかったけれど、部活には熱中した。入部した空手道部の練習がとても厳しく、帰りにはいつもお腹がペコペコ。マクドナルドなどでよく買い食いをしていた。
部活の遠征、学校の旅行、朝寝坊してお弁当を作れなかった時のお昼代。制服が小さくなった、自転車がパンクした。高校生活を普通に送ろうとすると、思いの他、金が必要だった。

 それらの費用は、すべて、必要な度に母に言って奨学金の中から出してもらうのだが、もらうまでがいつも大変だった。
 僕の奨学金の合計額>(学費+小遣い+諸経費)のはずなのに。
 いつも僕の奨学金の通帳残高は、限りなくゼロだった。家族全体の生活が苦しくて、僕の奨学金が少しでも通帳にあると、たちまちに使ってしまう。そのために、生活保護が貰える直前の時期に、僕が何か金を母にせがむと大喧嘩になる訳だ。無い袖は振れない。
 
 「僕の奨学金は、将来僕が働いて返すんだ!あんた達の金じゃないだろう!」ある日、ついに堪忍袋の緒が切れて、僕は母に怒鳴った。
 「あなただって、家でごはん食べたりしているじゃないの!」母が言い返す。
 「じゃあ、もう、家で食事しないから、奨学金で暮らすから、通帳と印鑑をこっちによこせ!」今日はもう引き下がらないからなという決意を込め、腹の底から声を絞り出し、僕が母に凄んだ。部屋の隅で、小さな兄弟達が怯えて泣いていた。

 親子の情すら壊す。貧乏とはそういうものだ。その日、その瞬間を生きることで精一杯で、計画的に金を使うとか、生活を立て直していくとか。そんなことは考えられる状態でなくなるのだ。
 あの日、僕は惨めだった。でも、母はもっと惨めだったと思う。必死に生きているのに、子どもに泥棒扱いされ、明日の生活の糧も見えない状態から抜け出せないことが。

 子ども手当。天下の愚策だと思う。
 所得制限がない時点で、福祉施策の原理原則からはひどく逸脱している、ひどいばら撒きだ。「子育て世代への経済対策」でしかないなら、厚生労働管轄からは、外して欲しい。
 生活保護世帯出身者としては、あの惨めさをこの政策では救えないと直感する。貧しい家庭の子どもほど、直接子どものために使われる手当には、ならないと思う。

 保育園が足りない。学童保育の運営費はひどいものだ。児童館がどんどん運営費を削っている。そもそも、子どもの育ちを支える人達の労働条件が悪すぎる。
 朝食を学校給食で出さないと健康が守れないのではないかと思うほど、食事環境の悪い子どもが増えていると思う。
 奨学金の希望者が多過ぎて、なかなか借りることができない。能力があっても、貧乏だというだけで大学進学など、可能性を奪われる子どもがたくさんいる。etc・・・
 児童福祉として。やらなければならないことは、たくさんあるのに。

 知恵を絞ってほしい。どうすれば、より困った子どもに、より多くの適切な金や支援が届くのか。どうすれば、すべての子どもがその持って生まれた可能性を貧困などで理不尽に奪われない社会になるのか。それが政治の仕事だと思う。

 そして、そんなばら撒きを喜ぶ浅ましさを。超少子高齢化社会という厳しい時代を迎えるにあたり、国民全体で、考え直さなければいけないと思う。もうこの国に、飴玉に群がり喜び続けるだけで生きていける豊かさはない。

 すべての者が。まず必死に生きる。持つものは、時に遠慮をし、時に人に与える。
「情けは人のためならず」善意の連帯が、いつかひとりでは生きられなくなった自分を護る。そのような当たり前の上に、持続可能な社会保障があると思う。


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