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野沢和弘のふわこら 「風呂の中でのこと」


 ほとんどは自分でまいた種ではないかと言われればそうかもしれないが、どうしてこんなに忙しいのだと思う。講演や原稿を依頼されたり、研究会に誘われたりすると、なかなか断れない。「どうして断れないのよ」と家族に言われるが、ホームベース近くを通過する球はほぼすべて、体に当たってデッドボールになりそうな球にまでバットを振ってしまうのである。

 これを見送るとすごく損をするかもしれない、二度と声をかけてくれなくなるのではないかと思ってしまう。職業病なのだと思う。新聞記者になって最初の数年は警察取材をさせられる。事件があると現場を歩き回り、不審な人物や物音を聞いた人がいないか取材する。刑事のやる聞き込み捜査のようなものだ。30軒のドアをノックしてダメだったとしても、31軒目で貴重な話が聞けるかもしれない。そう思うと不安になって途中でやめることができなくなる。

 夜は刑事の自宅の前で張り込む。深夜、自宅に帰ってくるところを捕まえて話を聞こうというのだ。俗に言う「夜討ち・朝駆け」で、これができて一人前の事件記者とされている。世間が寝静まったころ、たった一人で他人様の家の近くで立っていると、孤独感や自己嫌悪が募ってくる。こんなことをして時間をつぶすために新聞記者になったのかと思うとむなしくなってくる。泥棒や変質者に間違われて110番されたこともある。しかし、そんな苦労の末に同情してくれるのか共感してくれるのか、重要な情報をつぶやいてくれることがごく稀にだが、ある。ライバル社の記者もみんなそうしているので、中途半端にあきらめるといつまでたっても抜かれてばかりで、特ダネを取れない記者となってしまう。

 かくして自宅に帰る時間は午前1時、2時……。これでは家族に相手にされなくなってもおかしくない。事件取材から足を洗い、管理職となった今ではさすがにこんなことはなくなったが、それでも仕事をめぐる不安症候群はあまり変わらないようだ。

 深夜に帰宅し、寝静まった家で風呂に入る。湯船に浸かって新聞や雑誌を読む。酔っ払っていると、うとうと眠くなり、新聞が風呂に浸かってびしょびしょになってしまう。そんなことがよくある。

 ある日の深夜、やっぱり風呂の中で新聞を読んでいた時のことだった。ドアが音もなく開いた。スーッと伸びてきた手が私の新聞を取り上げ、そのままドアを閉めて、持って行ってしまった。風呂の中で私はひとり呆然としていた。

 自閉症の長男(22歳)だった。重い知的障害があり言葉は話せないけれど、とても優しくて家族思いのところがある。深夜一人で風呂に浸かっている父親のことを心配していたのだろうか。なんだか、胸がじ?んとした。こんな時に障害者の家族は幸せを感じるものだ。

 風呂から上がり、歯を磨いていたら、新聞紙が床に落ちていた。それを見ているうちに思った。彼が心配していたのは父親のことだったのだろうか。もしかしたら、新聞が濡れてしまうことだったのではないだろうか。

野沢和弘(毎日新聞夕刊編集部長)


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