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かしわ哲さん 梶原徹也さん対談

 梶原 徹也(かじわら てつや、1963.9.26 )
福岡市出身のドラマーであり音楽プロデューサー。
通称「梶くん」元THE BLUE HEARTS メンバー。
サルサ・ガムテープのプロデューサー、ドラマー。


 かしわ 哲(かしわ てつ、1950.6.9) は、おかあさんといっしょ5 代目うたのおにいさん。
1994 年より、知的障害者達とのロックバンド「サルサ・ガムテープ」を結成。
1996 年にはスウェーデンでの海外ライブも行った。
1999 年にはオリジナル曲「まひるのほし」をNHKみんなのうたに提供。


 聞き手/田中正博
全国地域生活支援ネットワーク代表
かしわさんとは、サルサ・ガムテープが活動を始めた頃からのおつきあいで…


サルサ・ガムテープ http://www.nk-nk.com/salsagumtape/
1994 年1 月、ミュージシャンかしわ哲が押しかけボランティアでバンドをやろうと呼びかけ、 神奈川県の福祉施設を利用する知的障がい者と結成。
ポリバケツにガムテープを貼った手作り太鼓でラテン系リズムセッションを始めたことからバンド名がつく。
平成22 年4 月開始を目指して、活動拠点を新たに作るトライをしている。


2010 年03 月28 日( 日) 半田市板山公民館 愛・地球博継承市民活動支援事業(半田市からふわりへの委託事業)

サルサ・ガムテープの誕生


 田中正博(以下、田中):かしわさん、サルサ・ガムテープはどんなきっかけで始まったんですか?

 かしわ哲(以下、かしわ):元々は、「歌のお兄さんがコンサートをやると地域の子どもや親たちが来るので施設が開かれたものになる」と言われまして。ころっとだまされて行ったんですよね(笑)。それから、いろいろな所で歌うようになったんですけど。知的障がいのある人って、ミュージシャンにとっては打てば響くとってもいいお客さんなんですよ。ちょーどいいところで飛び跳ねてくれたり奇声を上げたり。でもそれを押さえ込む施設職員や親御さんが隣にいたりして、これが現実なのか…と。
 ステージ上から「みなさんがんばってくださーい」なんて、いかにも福祉に理解のあるような元NHK の歌のお兄さんなんて嘘っぽくて嫌だな、このままいくと、そうなっちゃうな、と思ったんだよね。なので、そこで…、どうするかも決めてないのに「よーし、来年から一緒にバンドやるぞ!」と。施設から頼まれてもいないのに、新年から1人で押し掛けボランティア。楽器もないからガムテープダイコとか、竹とか、いろんなものでただ単にリズムを刻んで。

田中:そんな打楽器中心の活動が、いつの間にかレコードデビューをして。

かしわ:そうなんです。だんだんと曲がまとまって、最初は福祉の枠の中でふれあいなんとか祭りに出たり、他の所にも呼ばれて行ったりもしたんだけど。なんか、すごくね、その先がないんですよ。皆さん、いいねいいねということだけでサウンドの評価が全然ないんです。

「清志郎さーん、さっきのバンドって何ですかぁー?」


田中:梶原さんはいつサルサ・ガムテープを知って、どんな思いで関わろうと思ったんですか?

 梶原徹也(以下、梶原):えっとですね、1999年にNHK のお昼の生番組に忌野清志郎さんがゲストで出ていて。それをテレビで見てたら、常軌をいっしたバンドがなんか後ろで演奏し始めたぞ、みたいな(笑)。ブルーハーツ時代にちょっとお付き合いがあったので、清志郎さんの事務所にすぐ電話してサルサ・ガムテープを紹介してもらって…。さっき、かしわさんが押し掛けボランティアと言ってましたけど、私もまさにそんな感じで勝手に参加させていただきました(笑)。

田中:清志郎さんの方が先だったんですね。

かしわ:そうですね。ライブをやる時に、間に入ってくれている人から誰と1番やりたいかと聞かれて、僕はすぐに清志郎さんですと話して。一応、ダメもとで聞いたら、その頃、みんなのうたで「まひるのほし」っていう僕たちの曲が流れてたんですね。清志郎さんがそれ聴いててくれて「あれ、いいねー。ロックンロールの原点だねー。いいよ」ということで、あっさりと実現しちゃったんですね。

田中:「まひるのほし」というのは、障害のある作家の活動の様子をまとめた映画で、そのイメージソングがみんなのうたに?

かしわ:みんなのうたに採用されて。あのレコーディングはすごかったね。NHK の1番大きい505スタジオという所で一発撮り。その時は知的障害の人が30人ぐらいいました。もう、どうなっちゃうんだろうと思ったんですけどね、奇跡的に2回ぐらいでいい形に出来上がって。

施設では与えられる人、でも、
 ライブハウスでは与える人に


田中:梶原さんも入って、あちこち凱旋してますよね?

梶原:私が入る前は海外とかも行っていましたけれども、私が入ってからはロックンロールを好きな子たちに、これを見てもらわなきゃいかん!と思って、ライブハウスにサルサ・ガムテープを引きずり出して。いろいろと大変なことはわかってたんですけども、ライブハウスへ出るということを始めました。

田中:ライブハウスは時間がだいたい夕方とか、夜とか。施設の都合からいうと、その時間帯に出かけるというのは非常にまずかったんじゃないですか?

かしわ:最初の頃はすごく抵抗がありましたよね。お風呂の時間に間に合わないとか。1年に1回ぐらいいいじゃないかと思うんですけど。要するに福祉枠から出た時に初めてメンバーのみんなも「自分たちがやっていることがどういうことなのか」、どんどんわかってくるんですよね。今まではずっと与えられるばっかりでいた。それが、音楽ってエンターテイメントだから果てしなく楽しみを与えていくでしょ、自分のほうから。自分たちがやっていることでお客さんが楽しんでる。全くの逆転なんだよね。それを目の当たりにすると、もう、自信とか社会性とか大きく違って。福祉枠の中でやってると、「あら、上手にできたわね。でも、○○さんは自閉症でしょ」で終わっちゃうんだけど、ライブハウスだったらお客さんにそんなこと一々説明しないから。誰がどうなのかなんて全然わかんない。梶くんの横に、最近はいないけど、すごい自閉症で歌も楽器もしないんだけどコスプレが得意な人がいて。

梶原:彼は月光仮面の格好したりとか、最後はパンツ一丁になったりするんですよ。しかも、パンツもなんかすごいかっこいいT バックパンツとか(笑)。施設とかではちょっと大変だね?って人だけどステージでそれを見た場合、「あの人、ぶっ飛んでましたよねー!!」と最高の賛辞なんですよ。そういうことだと思うんです。そういう場所に行って、エネルギーを発散する。僕たちも音楽やってなかったらやばい人なんで(笑)。

かしわ:かなりね。

梶原:そういう場所があって、自分でたまたま見つけられたから良かったなというだけ。

■ FUJI ROCK FESTIVAL での出来事


かしわ:よっちゃんの話だけど、すっごい面白いことがあったんだよ。FUJI ROCK って野外でしょ。よっちゃん、その時テンションすごい上がって、ラストの曲になったら、舞台降りて向こうの丘の天辺まで走って行っちゃって、「よっちゃーん、戻ってこーい」って言ったの。そうしたら、FUJI ROCK のお客さんってすごくフレンドリーだから、みんなで出迎えのアーチを作った。すぐに出来上がって、いい光景だなと思ったの。そうしたら、自閉症だから…、そういうの苦手だから、そのアーチを避けて避けて(笑)。アーチも動くの、なんとか入ってよーって。「それ、だめなんですよー」って。ちょっと説明できなかったけど、めっちゃくちゃ面白かった(笑)。

田中:ステージでパフォーマンスを出すために、日常の練習とか、大変だけどやってる。施設職員は障害から入っちゃって、その人のできないところを見つけないと私の仕事がないとかいう目で見ちゃいますよね。

かしわ: 10のうち9 できなくても1 個だけめちゃくちゃできたら、それがその人のポジションなんだから。何でもできる人だったらバンドやってないよね。

梶原:そうですね。しかも、その練習っていうものが一体何なんだろうかっていうそもそもの疑問もあるんですよ。今のプロと言われている人たちは演奏技術のプロフェッショナルではあるんだけど、音楽そのものの楽しさを伝えられるプロフェッショナルなのかということを考えると。サルサ・ガムテープと関わりだした時って、本当に単純なリズムを叩いているだけでも伝わってきちゃうんですよ。その説得力に何も言えなかったです。

かしわ:いろんな人とライブハウスで共演したりするんだけれど、今、梶くんが言った意味でのプロの人のほうが評価が高いんですよね。例えば、星勝さんなんかもそうだった。井上陽水さんのサウンドプロデューサーなんですけど、すごい楽しいって。1番突き抜けた音楽の部分、そういうものがわかる人にはとっても評価が高かったりします。
 「ONABE」という清志郎さんと一緒に作った鍋物の歌、これ、冬になるといつもスーパーで流れているんですけど、最初に「うまい」という声が入ってるんですね。これはいそちゃんっていう人が言ってるんだけど、彼はプラダーウィリーといって満腹感を感じない。とにかく食べることが好きで、ほっておくとどんどん食べて太っちゃう。何食べても「うまい!」って昔から言ってたんです。で、いつかいそちゃんの「うまい」をフィーチャリングしたいなと思ってたんですね。「うまい」を言うのは世界一うまいですよ。やっぱりね、他の人がやってもあのリアリティーにはかなわない。

田中:しかも、食べたいっていう気持ちが強い人なのにすごい痩せていましたよね。施設にいると冷蔵庫を開け続けるいそちゃん、それを閉め続ける職員との格闘なのに。食べたい気持ちを音楽に切り替えていくことができてびっくりしました。

かしわ:最初の頃、施設の人が「12時になったらぴったりご飯を食べさせてください。じゃないとパニックになっちゃうから」とか言われてたの。そんなこと言われたんだけど、バンド活動では全然ルーズで。ご飯の時間が遅くなっても、ライブの後にしようと言ったら我慢しているし。全くそんなこと問題じゃなかったね。

胸を締め付けられるシーンも


田中:人は環境によって全然違う人になる。最近言われ始めたんだけど、それを10年以上前から予感していた感じで。自閉の人って他人と関わらないと決め付けている人が多いけど、関われる環境にないだけという話だと思うんです。

梶原:よっちゃん、適度に飲むんですよね。飲むとすっごい饒舌になってきて、今まで思っていたことをバンバンしゃべり出して。「自閉だと思ってバカにするなーっ!」とか怒鳴りだして(笑)。そうやって考えてたんだと思って、胸を締め付けられるシーンもありましたよね。いろんな接し方をサルサ・ガムテープでお互い学んでいるという感じですね。

田中:少しずつみんなで社会人になってくみたいな。

梶原:いそちゃんもね、もうベテランですから。どんどん新人がサルサ・ガムテープに入ってくるんですよ。新人が入ってくると、やっぱり先輩面しますよね。ちゃんとリズムを教えるんです。いそちゃんのリズムはすごく安定してるんで、任せられるんですよね。いいんですよねぇ、その光景が。

田中:彼がスルド持って会場を回る姿って凛々しいですよね。

梶原:目指す所はかわいい女の子ですけどね(笑)。

田中:やっぱりバンドマンだから男女関係が激しかったりするんですかね?

かしわ:男女関係というか、やっぱりお客さんは必ず綺麗なお姉ちゃんの前にいってるよね。でも、それはバンドとして正しい行動なので別に誰も非難しない。

田中:バンドマンとしては逆にあるべき姿。

かしわ:あるべき姿というか、基本形みたいなものだから(笑)。

サルサ・ガムテープの野望


田中:サルサ・ガムテープ、この後はどこに行きますかね?

かしわ: 16年やってきてるんですけども、1つの形みたいなのができて。去年は1時間半くらいのロックンロールショーができたりして、お客さんもいっぱい入った。これから先どうしようか。こうやって楽しいこと言ってますけど、すごく山奥の施設へ入れられちゃったメンバーをどうやって連れ出すかとか、親じゃないので踏み込めない大変なこともいっぱいある。やっぱり思いとエネルギーだけではできないこともあるんですよね。で、去年辺り思ったんです。やめちゃうか、より発展させるか。現状をそのまま続けてるっていうのはロックンロールバンドとしてもあんまりよろしくない。

田中:練習はちなみにどのくらいの頻度でやってるんですか?

かしわ:月に1回ですね。入所施設に入ってる人にはお知らせのファックスをうちから送るんだけど、そのファックスが命綱みたいな感じで、「てっちゃん、ファックスたのむよー、ファックスたのむよー!」と毎回言うわけです。それが唯一外に出る機会でもあるし、彼の生きている綱みたいな形になっているので。そう言われちゃうとやっぱりやめるわけにはいかないなって。それで、梶くんとも話し合ってるんだけど、障害のある人たちが働く場としての音楽活動をする拠点をどこかに作りたい。それに向かってこれからやろうかと。

田中:施設の科目でやるのはかみあわない。

かしわ:ロックンロールは魂の開放だからね。施設では開放されたら困っちゃう。だけど開放した上での自立とか連帯ってあるんですよ。「君じゃなきゃダメ!」っていう結束と約束事が、バンドにはあるんですよ。

田中:絵画とかだと描かれたものが作品として後に残るけど、音楽だとその場その場ということなので。場の確保としてのライブハウスみたいな感じになるんでしょうかね。

かしわ:サルサ・ガムテープという1つのビジョンしか今はないんですよね。真ん中に見えない風船みたいなものがあって、それをみんなのエネルギーで空中に浮かしているわけ。それは素晴らしいんだけど、非常に脆くもあるんですよ。いつでもそこに行くとそのビジョンに出会えるような場所を作りたい。最初に関わった頃と今では、福祉がものすごくいい形に変わってきて、バンドなんかもすごく増えてる。例えば、サルサ・ガムテープがどこかに音楽活動をする拠点を作ったら。それこそ甲子園じゃないけどさ、いつかあそこに行って演奏することを1つの目標にして、僕たち私たちもやろうっていう。そういう場所があるのって素敵じゃないかなと思うんです。

田中:居場所のある世界って大事ですよね。

かしわ:最初ね、あまりにも障がいのある人たちの未来の選択肢が少なくてびっくりしたんですよ。サルサ・ガムテープもひとつの未来像を提供できた。ライブを観て「大きくなったらサルサ・ガムテープに入りたい」「将来ロックバンドやりたい」って思ってもらえたら。そういう多様な場を提供するのが福祉の仕事なんじゃないかって思うんです。

田中:その音楽活動をする拠点づくりが実現できるように、自分も頑張らなきゃいけないなって思います。



まひるのほし/ポリドールPODH-1481(99/04/28)/
\1,020( 税込)


忌野清志郎との共作「ONABE」
nuknuk:S-02(04/11/10)/\500( 税込)


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